第32回 - クラシックギター専門店メディア・カームオンラインショップ

◆　第32回

主なテーマ

31回の続き、トルナボスの話題を中心に

トルナボス（tornavoz）
『トルナボス』という用語は文字通り『方向を変えられた声(turned voice)』を意味
サウンドホールにはめられた金属性（あるいは紙製）の円筒です。

さ	そういえば、ハウザー一世のトルナボスのも僕は1本取り扱った事があります。
な	トルナボスってそもそもどんなものなんですか？　見たことないのですけど。
ま	一番有名なのはトーレスだと思うよ。でもトーレス以前にもあったらしい。
な	材は？
ま	材はトーレスは木でしょう。
さ	木でしょうね。
ま	金属のもあるけどね。
さ	金属の僕が見たのは、エンリケ・ガルシアとハウザー一世。取り外しができないタイプ、簡単にはできない。僕がある時見たトルナボスはかぽっとはめるやつ。木で、取れる様なトルナボスがあります。トルナボスのシンプリシオもありますね。
な	裏板に密着？
ま	いや、寸前までで終わっている。
な	ああ、くっついてはいない。
さ	くっついてはいない。くっついていたら音響としては何にもならない。
な	う～ん…あれはどういう発想なんですか？　狙いというか…
ま	あれはね、もともとは実に意外な発想で、表面版が陥没するのを防ぐ…
な	なんという斬新な…
さ	はぁ！
な	じゃ裏板で支えるという事ですか？
ま	いや、そうじゃなくて、あそこで要するに縦方向の物を入れると丈夫になるでしょ？
な	でも宙ぶらりんじゃないですか？
ま	力木をサウンドホールに沿って丸く深く入れたと考えれば。
な	あ、撓まないという事ですか？
ま	そう。
な	なるほどねえ。
さ	…それは全然知らなかったです…
ま	後になって、弦の音をメガホンみたい拡大するという解釈がされたことがあった。だけどそれは考え方が全然間違っていて、弦からなんて音出てないからメガホンにはならないんだよ。
さ	トーレスは何であれやったんですかね？
ま	トーレスは音質でしょう。とくに低音。さっき補強だと言ったのは、トーレスより遙かに遡ってね、トルナボスがあったんだって。
な	トルナボスが？
ま	うん、それがどうも補強だったらしい。
さ	それってラコートとかそういうのではなくて？
ま	それはわからないけどトーレスより数十年前に先例があるんだって。でもトーレスはそれを知らずに、自分がその発案者だと思っていたらしい。
な	まあ、ある意味自分で発明したと言う事ですね。
さ	トーレスは色々な事していますよね、ボール紙のギターだとかね、斬新というか。
ま	うん、何かやろうという気のある人だよね。
さ	革新的な人ですよね。
ま	トーレスに先駆けてあった人は補強らしいんだけど、トーレスがやったのは、音の改良だと思う。
さ	音でしょうね。
ま	スピーカーのバスレフと同じ…スピーカーの箱にバスレフっていうのがあってね、
な	表に行ったやつがもう一回裏へ行って…
ま	そうじゃなくて、裏側から出た音を表に出す。スピーカーでもギターの表面板でもいいのだけれど、表面板が前に行っている時は後ろの動きは反対になる。表面がプラスになったら裏はマイナスでしょ？　つまり逆相で出ているでしょう。
な	？？？
ま	表がプラス1だとすると、裏はマイナス1だよ。
な	…あ　これね…
さ	僕はわからないんだけど…その話。
な	僕も解らなくなってきました…
ま	つまり、表面で0･1･0･1･0･1…という振動が起きているとしたら、裏側は0･－1･0･－1･0・－1…という振動するわけだよ。
な	それは解るのですが…音が…
ま	音としては同じ音程だけど、表が密になっていれば裏が疎になる。これを完全に混合させてしまえば音は出ないの、疎密が打ち消されてしまうから。スピーカーを裸でならすと音聞こえないよ。高音しか聞こえない、低音出ない。
な	混合させるってどういう事ですか？　ああ、箱なしという、
ま	そう、箱なしで鳴らすと、低音が全部でない。ギターだって表面板だけで箱がないと低音が出ないはずだよ。
さ	サイレント・ギターみたいな物ですね。エレキ・ギターとか、ああ何かそれ解る。
ま	そこで表と裏とを境にして箱を作るっていうのはそういうわけで遮断しているんだ。でも完全に仕切ったら裏から出る音は遮断されるから、利用できない。そこでサウンドホールを開けて裏から出た音を出すという仕掛けさ。一旦箱で共鳴しているから、表面から出る音とは少しずれている。だから混じり合って打ち消すことにはならない。
な	この距離分がね、時間差となって、
ま	うん。このときに箱の厚さ、体積、サウンドホールの面積なんかの要因でその時間差が違ってくる。サウンドホールだって紙か何かで塞いでしまうと、
な	ありましたね、ここに載っていました。
ま	低音は聞こえなくなるよ、論より証拠で…（紙をサウンドホールの上に置いて鳴らす）
さ	変わりますね。
ま	変わるでしょう。それでね、話がややこしくなりすぎたけど、裏の音をもっと共鳴させて出そうというのがトルナボス。ほらトンネルの中で話をするとワーンとなるじゃない。あれと同じ理屈。トンネルを作っているのさ。
さ	理論は解らないのですけど、経験の耳の感じだとベースに特徴がより出る様な気がする…
ま	そうだろうね。
さ	高音のハイトーンよりもベースの方の音が。
ま	思うに裏から出た高音っていうのは、あちこち反射しているうちに吸い込まれて出てこないのだと思う。音程の高い音って意味じゃないよ。倍音域の話。サウンドホールから出てくる音というのは低音だけだと思うな。そしてその低音の響きにもう一つ、このボディ自体が一つのトンネルなのだけど、もう一つトンネルを作る事によって特定の周波数がより響くようになる可能性、悪くするとおそれがある。トルナボスの太さ、長さによって。だから失敗するととんでもないボーンになるね。
さ	すぐ実験できますよ、ボール紙で。ベースが独特なトルナボス・トーンと言いますよね、ベースの出方がボーンって太鼓みたいに。
な	ふ～ん…ボール紙で作ったらいいんですよね？

	「さ」が紙を切って筒にし、セロテープで留める。

ま	…ほんとにやる気だよ。
さ	ちょっと即席の実験です、これより厚いとここから入れられないので… 直径がゆるいと深くなっちゃうから…こんなもんで、ちょっと仮止め。
な	もう少し厚い方がいいかも。
さ	二重にする？　これ下まで行っちゃうといけないんだ、この厚さには意味があるの。
な	う～ん、そうか。
さ	そうそう。
ま	少し大きめというか、円錐に作ってあるの。
さ	これ位でいってみよう、

	円錐状にして仮止めし、弦をはじく。

さ	うん、雰囲気ありますよね
な	ああ、違う、わかります、わかります。これを更に、これはこんなに薄い紙だから…ボール紙だったり、板だったり金属にすればもっと違う。すごい変わりますね。
ま	ちょっと間接音になったね。

	以上で実験は終了。使った楽器はあえて公表しません。

	「ま」さんに実験の手順を撮って頂きました。

トルナボス実験手順

1.紙を用意する。ギターの厚さより少し広い程度。
　本来は狭くするのだが、実験には広いほうが便利。

2.これを丸めてサウンドホールの弦の端から差し込む。

3.中に落とし込んだらサウンドホールに沿って広げる。
　ここまでやってからセロテープで留める。

さ	ハウザーにトルナボスがついていたのは、目隠しでやったらとても、もう楽器の個性よりもトルナボスという個性がすごく強いという気がするのですよね。
ま	そうか、ハウザーの音ってトルナボス的じゃないからね、そもそもストレートな音だからね。
な	ドライな音ですね。
さ	見たのは1920年代後半のハウザーだった、フルサイズの。そういえばこれに載っていたような･･･

「ファイン・スパニッシュ・ギター」を開く。

ま	32年じゃなかったかな？
さ	ラベルはどうでしたっけ、
ま	古いラベルだよ。
さ	あっ、ヘッドにちよっと面白いデザインが入っているやつですよね。
ま	ヘッドは…
さ	普通のでしたっけ？
ま	ああ、入っていた。これが（十字のマーク）入っていた。

参考（70～71ページ）

さ	横裏がメイプルのね。
ま	そしてトルナボス入り。これは円筒形で取れないと思うね。
さ	この写真だと正面から撮るからわからないですね。
ま	でも中身がほら、他の楽器は内部構造図があるでしょう。これはないから。
さ	トルナボスだと中見られないんですよね。
な	なるほど。
ま	この楽器見るとボディ深いよね。
さ	相当深いですね。
ま	ここが深くてトルナボス入っているのだから相当にボワンという音がするはずだね。
さ	低音が　ドン！　という感じだと思いますね。
な	う～ん、これはメイプルを選んだとかそういう訳ではないのですか？　その時代だったら普通というか。
ま	どうかなあ、ハウザーはメイプルも使っていたからそれは偶然だったかどうか…
な	相性というのか…
ま	メイプルって意外にカーンという音だよ。明るい音がする。
な	あっ、やっぱりメイプルだからトルナボスと…
さ	メイプル・アンド・トルナボス？
ま	その組み合わせ？
な	メイプルの低音って少しやさしい感じがしませんか？
ま	うーん･･･
さ	それで、僕がかつて預かった事があるスペイン製でトルナボスの取り外しが簡単にできる木で作った楽器があるのですけど、これだったら両方できるじゃない？　両方楽しめますよね。
ま	楽しめるかなあ。取り外しができると言うことは、構造上何かしらの遊びがあると言うことだよね。
さ	ああ、シビアに言えばそうですね、やっぱり即席なものですから。
な	ちょっとロスしちゃいますよね。
ま	ロスというか、ロスで済めばいいけど特定の音で、必ずびびるとか…そういう癖が出てくると…
な	楽器としては遊びがあっては困りますよね。
さ	ああそれは確かに。
ま	とすると結構やっかいじゃない？　ナットの所のびりつきとか、一度出ると苦労するよ。
さ	ちょっとした所でね。
ま	だってゴミが詰まっていてもなることあるじゃない。その状態がいつもある訳だから。
な	その方が怖いですね。
さ	僕が修理で預かった楽器は全然不良振動はなくて、ちよっと強めに入れてという感じだったですね。
ま	バネで伸びるからね。
さ	それはそういうのは大丈夫だったですね。でも後にも先にもそれ1本しか見たことはないですね。エンリケ・ガルシアもトルナボス入りは多く作ったみたいですけど、後々ほとんど取り外されて。
ま	なくなっているのか…トルナボスがあることを前提に作った楽器から、トルナボスを外すと本人の意図したのとは違う事になるね。
さ	製作者本人の意図とはね。
ま	他の部分をそれに合わせて変えてあるかも知れないし。
な	そうか、トルナボスがあってここをこうしているって設計。
ま	だけどマドリッド系の人ってトルナボスはあまりやってないでしょ？
さ	あ、そうですよね。
ま	エンリケ・ガルシアだってラミレスから分かれた人、つまりマドリッド系なんだけどね。
さ	ああ、もとは。
ま	で、どうなんだろ、マヌエル・ラミレスはトルナボス入り作ったんだろうか？　サントス・エルナンデスのトルナボス入りなんて見たことないよね。
さ	ないですね。
ま	そうするとやっぱりトーレスの流れは直接マドリッド系には行かなかったんだよ。
な	トルナボスを追ったら意外に解りやすいかも知れませんね。
ま	うん、トルナボスを典型の例とすれば。
さ	そうですよね。ホセ・ラミレスのこの系図を見ると沢山人がいますよね、こちらはマヌエル・ラミレス…ホセもありましたよね。
ま	こういう系図は最近よく見るけど、どうも20世紀前半のアルゼンチンで原型が作られたらしいよ。
な	え、そうなんですか。
ま	うん、もちろんスペイン系しかないけどね。
さ	その後某社が取り入れて…
ま	そう、新しいのは現代ギター増刊号かな。
さ	でも今書けばもっと付け加えられるような気がしますね。
ま	そうそう、直系と影響とも分けられるし、血縁と技術的系統も考えられる。
さ	作ったらどうですか。
ま	いやいや…

	今回はここで終了です。

・・・つづく・・・

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